私は心療内科、あるいは精神科に行くことにした。
自臭症は精神疾患であるという本を読んだからです。
実際に私の臭いが強まるのも不安と緊張が強くなった時だったから。
そしてどこかの科のお医者さんが薦めたからです。
しかし自臭症患者は「出てもいない臭いを出ているものだと思い込んでいる」という精神科医、心療内科医の大前提の前にまたしても私は足元を巣食われました。
たしかに幻覚も部分はあると思うし、人の笑い声や噂話の被害意識や鼻を触る行為や窓開け行為などは、ほとんどが私も勝手な思い込みだと頭ではわかってました。
でも、臭っていないことを前提とした治療だとスタートラインに立てないんじゃないかなと思いました。
それに精神科心療内科での治療は抗不安薬を出すだけです。
私はもう精神科に見切りをつけることにしました。
それに頭がボーっとするだけでした。
今は薬に頼らなくてよかったと思っています。
だけどズルズルと高校時代も自臭症で悩み続けました。
食事療法を続けながら、あれはないかこれはないか? そればっかりやっていました。
大学受験での試験会場はきつかったです。
特に緊張する場面で、前後左右にズラーっと人がいる環境です。
試験に集中しようとすればするほど、臭いが気になってしまってしょうがありませんでした。
結局大学はすべり止めに行くことになりました。
親の学歴からしたら、落ちこぼれです。
それもすべて自臭症のせいでした。
社会人になってもずっと自臭症で悩み続けることは目に見えていました。
お先真っ暗な中で、私はそれでももがき続けました。
やっぱり、この症状で死ぬのは嫌だったからです。
いつも自殺することを考えていたけれど、どうせ死ぬならば自臭症を克服してからという気持ちでいました。
克服したら私の本当の人生が始まる。
何にもとらわれずに自由に伸び伸びと生きていこう!
これはかなわないことかもしれない。
その時は死のう。
でも死ぬ間際まではもがいていこう、と思いました。
もしここで疲れ果ててしまっていたら、私は現在も自臭症で苦しめられていたか、最悪の事をやっていたことでしょう。
まだまだ立ち上がる気力があってよかったと思っています。
大学はとにかく適当に流して、その間に治そうと思いました。
いつになるかわからないけれど、絶対に!
そして大学時代のうちに、すごい幸運な出会いがありました。
なぜもっと早く知らなかったのだろう?
もっと早く通っていたら高校時代に、いや中学時代に自臭症が悪化する前に治っていたかもしれない、と後悔するぐらいの克服方法に出会えました。
もし出会っていなかったら、自臭症を治す気力も失せていたでしょう。
精根尽き果てて、生きる屍になっていたんだろうと思います。
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